第102回 李澤熊(2006) 形容詞「正しい」の意味分析
−韓国語の[baleuda][olta]との対照の観点から−<要旨>

 本稿では形容詞「正しい」の意味を明確にする手掛かりとして、韓国語の[baleuda][olta]との対応関係に注目し、分析を行った。その結果、「正しい」は2つの多義的別義が認められ、また、その別義はそれぞれ[baleuda]と[olta]に対応することが明らかになった。 
 さらに、2つの多義的別義の相互の意味関係については、Langackerのネットワーク・モデル理論に基づき説明した。以下、分析結果を簡単にまとめておく。

「正しい」の意味
<別義1([baleuda])>:<問題となる事柄が><原則に><合う>
 (1) a.この時計はただしい([baleuda]/*[olta])。  
   b.曲がった机をただしく([baleuda]/*[olta])直す。

<別義2([olta])>:<問題となる事柄が><理屈に><合う>
 (2) a.ドアを壊すような乱暴なことを「彼」がする筈はなく、「彼女」の意志がシリンダー錠内部のボルトを動かしてドアを開けたと考える方が正しい(*[baleuda]/[olta])筈であった。(筒井康隆『エディプスの恋人』:395)   
   b.寧ろ二週間あれば、大抵の結婚に差し支えない筈だと云い、海外に赴任するばかりになっていた官吏と急に婚約の整った或るお嬢さんが、約束の船を五日後の船に変えて貰っただけで、立派に結婚をすまして夫と一緒に出立した例まで引いた。真知子はもう笑わなかった。母の言葉は正しかった(*[baleuda]/[olta])。(野上弥生子『真知子』:61)

<別義2>は、<別義1>からの拡張である。なお、スキーマ([baleuda]と[olta]の類似点)は<問題となる事柄が><(何らかの)基準に><合う>である。 
 (3) a.クラスの中の民主的な運営にも、教師の正しい([baleuda]/[olta])指導がなくてはならないということを、私は痛感したのでした。(石川達三『人間の壁』:1025)   
   b.「そんなことは、ありません。正しく([baleuda]/[olta])評価しているつもりです」(源氏鶏太『停年退職』:1221) 

 最後に、「多義的別義の認定基準」に関する先行研究を概観し、本稿の考察(「他言語における対応する訳語の違い」)が多義的別義の認定基準になる可能性について検討した。

主な参考文献
国広哲弥(1982)『意味論の方法』,大修館書店.
飛田良文・浅田秀子(1994)『現代副詞用法辞典』,東京堂出版.
民衆書林編集局編(1998)『日韓・韓日辞典』,民衆書林.
民衆書林編集局編(2003)『NEWポータブル日韓辞典』,三修社.
籾山洋介(1992)「多義語の分析−空間から時間へ−」カッケンブッシュ寛子他編『日本語研究と日本語教育』,pp185-199,名古屋大学出版会.
籾山洋介(1993)「多義語分析の方法−多義的別義の認定をめぐって−」『名古屋大学日本語・日本文化論集』,第1号,pp.35-57,名古屋大学留学生センター.
籾山洋介(1995)「多義語のプロトタイプ的意味の認定の方法と実際−意味転用の一方向性:空間から時間へ」『東京大学言語学論集』,第14号,pp.621-639,東京大学文学部言語学研究室.
籾山洋介(2000)「名詞『もの』の多義構造―ネットワーク・モデルによる分析」,山田 進・菊地康人・籾山洋介編『日本語 意味と文法の風景−国広哲弥教授古稀記念論文集−』,pp.177-191,ひつじ書房.
籾山洋介(2001)「多義語の複数の意味を統括するモデルと比喩」『認知言語学論考』,第1号,pp.29-58,ひつじ書房.
籾山洋介(2002)『認知意味論のしくみ』,研究社.
KIM Seong Hwa(2004)「[baleuda]/[olta]」『形容詞類義語の意味研究』,pp.141-180,HANSHIN
 PUBLISHING.
Langacker,R.W.(1987) Foundations of Cognitive Grammar Vol.1. Stanford:Stanford University Press.
Langacker,R.W.(1988a) "A View of Linguistic Semantics." In BrygidaRudzka-Ostyn,ed., Topics in Cognitive Linguistics. pp.49-90. Amsterdam: JohnBenjamins.
Langacker,R.W.(1988b) "A Usage-Based Model." In Brygida Rudzka-Ostyn,ed.,Topics in Cognitive Linguistics. pp.127-161. Amsterdam: John Benjamins.



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