第103回 有園智美(2006)「頭」「胸」「腹」−精神活動の在り処としての身体部位詞−<要旨>


1.     はじめに

 「頭」「胸」「腹」は、精神活動と結びつく。田中(2003)は、<心>が精神作用の容器であり、またその中身である精神作用そのものでもあって、「頭」「胸」「腹」もこれと同様、容器と内容物のメトニミーによって、精神作用の容器および中身を表すために用いられると論じている。また三語は、感情の中でも共通して<怒り>を表すことがこれまでに多く取りあげられてきたが(Lakoff (1987),
 Matsuki and Shinohara (2001), Kovecses (2002),田中(2003))、本考察ではそれ以外の意味についても詳細に分析し、それぞれの語の意味に特有の点と共通点を考察し、三語の関係を明らかにする。

2.     分析

 精神活動は知的側面と情緒的側面に大まかに分類可能であるが、「頭」と「胸」は知的側面を担い、「胸」と「腹」は情緒的側面を担う傾向にある。
 まず「頭」は、「頭を砕く」など表現全体で<思考行為>を表す一方で、<思考能力>(「頭がいい」)や<思考方法>(「頭が古い」)に関わる表現もある。これは容器と内容物のメトニミーでは説明できない。有薗(2005)では、身体部位詞がその典型機能である行為を中心に、それに関わる諸要素を含む行為のフレームを形成しており、それに基づき行為の道具である身体部位が同一フレーム内の別の要素を表すということを論じている。「頭」もこれに従い、典型機能である<思考行為>のフレーム内で、道具である<頭>がその機能に関わる<思考能力>や<思考方法>をメトニミーによって表す。つまり「頭」には、容器と内容物のメトニミーとは別に、行為のフレームに基づくメトニミーも関わっている。
 「頭」と「胸」は両者とも知的精神活動の容器として<記憶>を表し(「頭に入れる」、「胸に留める」等)、また精神活動の中で<不安>を表す(「頭を痛める」、「胸を痛める」等)点で共通する。しかし、「胸」は他に、負の感情として<哀しみ>(「胸が張り裂ける」)や<不安の解消>(「胸が晴れる」)を表すが、「頭」にはこうした表現はない。<不安>は当然情緒的側面にも関わるが、「頭」がそれを表す場合、思考の結果自ら生み出す知的精神活動の産物であり、再度の思考によって不安を解消することは可能だが、慣用表現としては成立していない。それに対して「胸」に持つ<不安>は、内外の刺激に対して起こる動悸や、それによって胸に感じる閉塞感に動機付けられており、また、その閉塞感の解消は<不安の解消>を我々に直接感じさせ、「胸が晴れる」のような表現が存在する。生理現象による動機付けによって<哀しみ>や<不安の解消>を表すことから、「胸」は知的側面だけでなく情緒的側面も表すと言える。
 一方、「胸」は「腹」とも共通した意味を持つ。「腹」と「胸」は、「頭」や「胸」(の別の側面)が表す<記憶>といった容器への収容を表す場合でも、情緒的側面を多分に含む<本音・感情の隠蔽>を表す。ただ、<腹>は「政治家連中は腹に謀略を持つ」のように、特に恨みや私利などの表にしにくい負の感情を納めておく容器であるのに対し、<胸>は「喜びも悲しみもすべて胸に納めて前進する」のように正負どちらの感情でも収めることができる。これに関連して、<本音・感情の隠蔽>以外にも、「胸をときめかす」等は<喜び・期待>を表すし、「不安と期待で胸が詰まりそうだ」等、正負問わず<感情の高揚>を表すことができるものもあり、正負の両感情を表し得る。
 「腹」で特に重要なのは、「腹を肥やす」などの<私利>に関わる点である。「胸」と共通して表す<本音><本音の隠蔽>等を表す表現の中にも<私利>に関わる場合がある。例えば「腹を合わす」は<心を通じ合わす>の他に<共謀する>という意味もあるが、「胸が合う」は前者の意味に限られる。この<腹>に関わる<私利>は、「腹」は主体の意図的な働きかけを伴う「合わす」と共起するが、「胸」は非意図的な「合う」としか共起しないという動詞の形式からも観察できる。

3.     まとめ

 心は知的側面と情緒的側面を広く含む精神活動に関わるが、三語とも容器と内容物のメトニミーによって<精神活動>を表すという点で共通している。また、精神活動の二側面は分かち難く結びついているが、傾向として「頭」はその知的側面を、「腹」は情緒的側面を、そして身体においてこれら二つの部位の中間に位置する「胸」はその両者を担い、それぞれ重なる部分がある。一方で、「頭」と「胸」は、前者が典型機能に基づくフレームによって拡張した意味を持ち、後者は生理反応に基づく動機付けによって情緒的側面を表すという点で異なる。さらに「胸」と「腹」は共通の意味を多く持ちながら、前者が感情全般を表すことが可能であるのに対し、後者は負の感情に限られるという点で異なる。以上のように本考察では、精神活動の在り処としての三つの身体部位詞を含む表現に対し、その意味の共通点と相違点を分析し、それらの関係を明らかにしている。

・主要参考文献

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Kovecses, Zoltan. 2002. Metaphor, A Practical Introduction. Oxford: Oxford University Press
Lakoff, G. 1987. Women, Fire, and Dangerous Things. What Categories Reveal about the Mind. Chicago: University of Chicago Press.
Lakoff, G. and Johnson, M. 1980. Metaphors We Live By. Chicago: University of Chicago Press.
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