第103回 山本幸一(2006)「彼女はフランス語だ」に働く認知メカニズム考察<要旨>

  (1)のように、「同一関係」でも「包含関係」でもない解釈の名詞述語文は、一般に「ウナギ文」と呼ばれている。

(1)ぼくの彼女はフランス語だ。  (ぼくの彼女が選択したのはフランス語だ。)

 ウナギ文には様々な先行研究があるが、大きく3つに分類される。

  a. 変形説   :基底文から変形されて作られる
  b. 省略説   :基底文から省略されて作られる
  c. 表現説   :言語で表現されない内容が文脈からの推論によって解釈される

 「変形説」と「省略説」は、 (2)(3)に見るように、想定する基底文とウナギ文が必ずしも交替可能ではないにもかかわらず、両文を結びつける点において問題である。

  (2) ウェイター :ご注文はどういたしましょう?
    客      :私はうな丼を頂きます。/??私はうな丼です。
  (3) 客A :君は何を注文する?
    客B     :??私が注文するのはうな丼だ。/私はうな丼だ。

 「表現説」のメトニミー説は以上の問題点を解決できるものの、西山(2003)の挙げている問題点がある。「注文客→料理」のメトニミー(4)(a)が成立するが、(4)(c)が成立しないため「代名詞の照応」の問題点が指摘されている。また「注文客→料理」というメトニミー(5)が成立しても(6)が成立しないため「一般性の欠如」が指摘されている。

  (4) (a) 甲:花子さんが遅れてくるそうだが、彼女のために注文しておいてあげよう。花子さんは何だろう。天丼かな。
    (b) 乙:花子さん、ああ、彼女は、ウナギだよ。
    (c) 丙:?花子さん、ああ、それは、ウナギだよ。
  (5)  ぼくはウナギだ。 
  (6) ?ぼくはおいしい/高い。

 また、(7)(8)に見るように、ウナギ文は対比色のある文脈で容認され易い。いずれのウナギ文の分析もこの点を説明する必要がある。

  (7) ウェイター :ご注文はどういたしましょう?
     客     :?? 私はうな丼です。
  (8) ウェイター :ご注文はどういたしましょう?
    客A     :私はうな丼だ。
    客B     :ぼくは天丼だ。

 本発表では、メトニミーでウナギ文を説明することにするが、メトニミーを下位区分し、「非自立型メトニミー」としての分析を提案し、また、「対象の拡張」という概念も導入する。本発表の分析では、上記の諸説の問題点の解決が可能である。

(9) 風車が回っている。 「風車<羽根>回る」
(10) ぼくはうなぎだ。    「ぼく<注文料理>うなぎ」

 本発表では、(9)の非自立型メトニミーと、(10)のウナギ文の並行性に着目し、非自立型メトニミーとしてのウナギ文を次のように説明することにする。

 言語表現としての伝達内容は、拡張された対象「全体」と「述部名詞」との「対応関係」の叙述である。しかし、述語名詞と直接関係するのは「部分」としての「関連概念」である。

参考文献

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