第103回 野呂健一(2006) 構文文法からのアプローチによる同語反復表現の考察
−「XらしいX」を中心に−<要旨>


 日本語には、以下の例文のように同一文中で同じ語を繰り返して用いる様々な表現(以下「同語反復表現」と呼ぶ)が見られる。これらの同語反復表現は、各構成要素の意味の総和から全体の意味を導き出すことができないという点で一般的な慣用句と共通するが、具体的な語の組み合わせが固定していないという点で異なる
(1) 政治家らしい政治家にはなりたくない。
(2) 病気らしい病気をしたことがない。
(3) 彼こそ男の中の男だ。
(4) 花という花は散ってしまった。
(5) どこまで行っても山また山。
 このうち、「XらしいX」で表される表現については、山下(1995)や黄(2004)が、接尾辞「らしい」の分析の中で取り上げているが、後述するように「XらしいX」に2通りの意味があることには言及がなく、「XらしいY」の場合との相違点についても十分な説明がない。本稿では、「XらしいX」を中心に取り上げ、形式と意味との慣習的な結びつきを句のパターンにも認める構文文法からのアプローチにより考察する。
本稿で、「XらしいX」が独立した構文であると考えるのは、以下の例文のように「らしい」の前後が異なる「XらしいY」と比較すると固有の特徴を有しているからである。
(6) 彼の男らしいさっぱりした態度が好きです。
 まず、「らしい」の前後の名詞の関係について見てみると、「XらしいY」におけるXとYの関係は、隣接関係(または全体と部分の関係)である(例えば、例文(6)で話者が想定する理想的な「男」には、「さっぱりした態度」が付随していると言える。)のに対し、「XらしいX」の二つのXは包含関係を成している。例えば、例文(1)の「政治家らしい政治家」の意味は、概略で「(いろいろな政治家の中で)ステレオタイプと感じられる政治家」であるから、最初の「政治家」が一部の「政治家」(下位カテゴリー)を表すのに対し、二番目の「政治家」はカテゴリー全体を表すと考えられる。
 次に、意味的特徴を考えると、「XらしいX」においては、「XらしいY」の場合と異なり、同一形態の語を重ねることによって、カテゴリーX内の他の成員との差異が浮き彫りになる。つまり、「XらしいX」は、「XらしくないX」の存在を前提とした表現であると言える。
 以上のことから、「XらしいX」の構文としての第1の意味を、以下のように記述する。
意味@:カテゴリーXに属するものの中で、典型例(または理想例、ステレオタイプ)としてふさわしいと、話者が認めるものしかし、「XらしいX」の実例の中には、第1の意味に当てはまらない場合がある。
(7) この数年、家に引きこもり、ほとんど仕事らしい仕事をしてこなかった。
(8) 最近やっと睡眠らしい睡眠が出来るようになった。
 この場合、典型的な「仕事」や「睡眠」というよりも、かなりゆるやかでカテゴリーの大部分を含むような下位カテゴリーが想定される。それは、話者が「仕事」や「睡眠」のカテゴリーに属する成員に対して求める基準を満たすものが作るカテゴリーである。したがって、「XらしいX」の第2の意味として、以下のように記述する。
意味A:カテゴリーXに属するものの中で、話者がXに求める最低限の基準を満たすものこの「XらしいX」の第2の意味は、出現する環境に特徴があり、否定文、もしくは否定を前提とする文で用いられる。例えば、例文(9)は、「今まで睡眠らしい睡眠ができなかった」という事実を前提としている。
 また、Xに入る名詞によっては、第2の意味でしか用いられない場合もある。この種の名詞には上位レベルの語が多いが、様々な成員が含まれ、成員間の差異が大きいため典型性が見出しにくいためだと考えられる。例えば、「家具」とは椅子、机、箪笥などを集合的に表す語であり、「家具らしい家具」を1点思い描くことは不適当である。(「椅子らしい椅子」なら可能。)
(9) 家具らしい家具がほしい。(第2の意味のみ)
(10) 椅子らしい椅子がほしい。
 最後に、「XらしいX」の二つの意味の共通点を探ると、第1の意味の「XらしいX」は、Xカテゴリー全体の中から、話者が理想例やステレオタイプ、典型例と考えるものを抜き出す表現であり、第2の意味の「XらしいX」は、話者がXカテゴリーに求める基準を充たすものを、カテゴリー全体の中から抜き出す表現である。したがって、どちらの場合も、カテゴリー全体の中から、話者が思い描く下位カテゴリーに適合するものを抜き出すという共通点を持ち、用いられる環境及び空所Xに入る名詞によって、どちらの意味になるかが決まると考えられる。
 以上のような考察をもとに、同語反復表現「XらしいX」の構文としての意味を明らかにし、類義表現や関連構文についても言及する。

・参考文献
Fillmore, C.J., Kay, P. and O'Connor, M.C. (1988) “Regularity and idiomaticity in grammatical constructions: the case of let alone”, Language 64, pp.501-538.
Goldberg, A. (1995) Constructions: A construction grammar approach to argument structure, Chicago: University of Chicago Press. (河上誓作・早瀬尚子・谷口一美・堀田優子訳 (2001) 『構文文法論』、研究社)
Kay, P. and Fillmore, C.J. (1999) “Grammatical construction and linguistic generalizations: the What’s X doing Y? construction”, Language 75(1), pp.1-33.
黄其正(2004)『現代日本語の接尾辞研究』、渓水社
国広哲弥(1989)「文法にも慣用表現がある」、『言語』18巻2号、pp.40-41.
国広哲弥(1997)『理想の国語辞典』、大修館書店
Lakoff, G. (1987) Women, fire and dangerous things: what categories reveal about mind, Chicago: University of Chicago Press. (池上嘉彦・河上誓作他訳 (1993) 『認知意味論』、紀伊國屋書店)
Michaelis, L.A. and Lambrecht, K. (1996) “Toward a construction-based theory of language function: the case of nominal extraposition”, language 72(2), pp.215-247.
籾山洋介(1997)「慣用句の体系的分類−隠喩・換喩・提喩に基づく慣用的意味の成立を中心に−」、『名古屋大学国語国文学』80号、pp.29-43.
籾山洋介(2002)『認知意味論のしくみ』、研究社
野内良三(1998)『レトリック事典』、図書刊行会
Rosch, E. et al (1976) “Basic Objects in Natural Categories.”Cognitive Psycology 8. pp.383-439.
坂原茂(1993)「トートロジーについて」『東京大学教養学部外国語科研究紀要』40巻2号、pp.57-83.
Taylor,J.R.(2003) Linguistic Categorization(Third Edition),Oxford University Press.(辻幸夫訳(1996,第2版の訳)『認知言語学のための14章』紀伊國屋書店)
山下喜代(1995)「形容詞性接尾辞『−ぽい・−らしい・−くさい』について」、『講座 日本語教育』第30分冊、pp.183-206、早稲田大学日本語研究教育センター
山梨正明(1993)『比喩と理解』、東京大学出版会
山梨正明(1995)『認知文法論』、ひつじ書房



もどる