第106回 朱春日(2007) 日本語の複合動詞における自・他対応について
                       ―派生に基づく対応を中心に―<要旨>

 日本語の語彙的複合動詞の組み合わせは、他動性調和の原則、主語一致の原則などにより制約されているが、語彙的複合動詞の中には、このような諸制約から外れた不規則な組み合わせの複合動詞(以下、「不規則な複合動詞」と呼ぶ)が存在する(例:打ち上がる、舞い上げる)。これらの不規則な複合動詞は、自・他対応する複合動詞から派生されたと指摘されてはいるものの、具体的にどのような場合に派生されやすく、またどのような場合に派生されにくいのかについては考察されていない。本発表では、主に「上げる」「上がる」を後項とする語彙的複合動詞を取り上げ、「他動詞+他動詞」型の複合動詞と「他動詞+非対格自動詞」型の不規則な複合動詞、「自動詞+自動詞」型の複合動詞と「非対格自動詞+他動詞」型の不規則な複合動詞の自・他対応について考察し、不規則な複合動詞が派生されやすい場合と派生されにくい場合について探り出す。以下、分析結果を簡単にまとめる。

●「他動詞+非対格自動詞」型の不規則な複合動詞が派生されやすいのは、次のような場合である。
@ 後項動詞が実質的な意味を持つか持たないか関わらず、前項動詞が実質的な意味を持たない場合
 (1) 中国元を切り上げる/中国元が切り上がる
   中国元を切り上げる→ a.*中国元(の価値)を切る b.中国元(の価値)を上げる
 (2) 会場を盛り上げる/会場が盛り上がる
   会場を盛り上げる→a.*会場を盛る b.*会場を上げる
A 前項動詞が実質的な意味を持つ場合は、前項が抽象的な意味を、後項が実質的な意味を持つ場合
 (3)実績を積み上げる/実績が積み上がる
   実績を積み上げる→a.実績を積む b.実績を上げる
●「他動詞+非対格自動詞」型の不規則な複合動詞が派生されにくいのは、次のような場合である。
@後項動詞が実質的な意味を持つか持たないか関わらず、前項動詞が物理的な意味を表す場合
  (4)ボールを放り上げる/*ボールが放り上がる
    ボールを放り上げる→a.ボールを放る b.ボールを上げる
  (5)先頭の選手を追い上げる/*先頭の選手が追い上がる
    先頭の選手を追い上げる→a.先頭の選手を追う b.*先頭の選手を上げる
A前項動詞が実質的な意味を持つ場合は、前項が抽象的な意味を、後項が実質的な意味を持たない場合
  (6)グーグルの利用者が31%増とヤフーを追い上げる→*ヤフーが追い上がる
    グーグルの利用者が31%増とヤフーを追い上げる→a.グーグルの利用者がヤフーを追う b.*グーグル利用者がヤフーを上げる
●「非対格自動詞+他動詞」型の不規則な複合動詞は、「他動詞+非対格自動詞」型の複合動詞に比べ、その数は少なく、「自動詞+自動詞」型の複合動詞と対応するものはあるものの、それは前項動詞が非対格自動詞である場合に限られる(埃が舞い上がる/埃を舞い上げる。鳥が舞い上がる/*鳥を舞い上げる)。そして、この類の不規則な複合動詞は再帰性を帯び、複合動詞が全体的に自動詞構文を成している。
●不規則な複合動詞の成立・不成立の理由は、@前項動詞と後項動詞がそれぞれ格支配能力を有するか否か、A複合他動詞、複合自動詞が単独動詞において自・他対応のある相対他動詞、相対自動詞の意味特徴を持っているか否か、と関わりがある。

主な参考文献:
影山太郎(1993)『文法と語形成』ひつじ書房.
工藤力男(2005)「<立ちあげる>非文の説―複合動詞論・続―」『成城文芸』(成城大学文芸学部)192,pp.14-36.
斉藤倫明・石井正彦(1997)『語構成』ひつじ書房.
佐藤琢三(2005)『自動詞文と他動詞文の意味論』笠間書院.
須賀一好(1984)「現代語における複合動詞の自・他の形式について」『静岡女子大学研究紀要』17,pp.1-13.
早津恵美子(1989)「有対他動詞と無対他動詞の違いについて―意味的な特徴を中心に―」『言語研究』95,pp.231-256.
姫野昌子(1999)『複合動詞の構造と意味用法』ひつじ書房.
松本 曜(1998)「日本語の語彙的複合動詞における動詞の組み合わせ」『言語研究』114,pp.37-83.
山本清隆(1984)「複合動詞の格支配」『都大論究』21,pp.32−49.
由本陽子(2001)「動詞から動詞を形成する語形成における下位範疇化素性の受け継ぎについて」『言語文化研究』pp.453-473.
由本陽子(2005)『複合動詞・派生動詞の意味と統語』ひつじ書房.
李 良林(2002)「語彙的複合動詞における構成要素の組み合わせ―再帰性に基づく他動性の観点から―」『言語科学論集』第6号,pp.13-24.



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