第109回 青柳宏(2007)「日本語のかきまぜ規則の意味的、情報構造的影響について」 <要旨>


 Saito (1989)以来日本語のかきまぜ規則(scrambling)は「意味的に空(semantically vacuous)」だとの認識が一般的である。これは、つぎの(1)に示すように、英語のWH移動とは異なり、日本語のかきまぜ規則は移動した要素を元位置で解釈することが可能だ
からである。

(1) a. [メリーが [[ジョンが 図書館から どの本を 借り出した]か] 知りたがっている] (こと)
  b. ?どの本を<i> [メリーが [[ジョンが 図書館から t<i>借り出した] か] 知りたがっている] (こと)

(1b)において、従属節の要素「どの本を」は主節の先頭にかきまぜ規則によって移動している。この位置は疑問の終助詞(または補文標識)カにc-統御されうる位置ではない。にもかかわらず、(1b)は(1a)と同様に間接疑問文と解される。
 このように、かきまぜ規則で移動した要素は文法の論理形式部門(LF)において元の位置に戻す(undo)ことができるというのがSaitoの主張の要点である。
 しかしながら、かりにSaitoのこの主張が正しいとしても、かきまぜ規則が文の文脈的、情報構造的な意味に影響を与えないことまでは保証されない。実際、つぎの(2)のように、かきまぜ規則が文の情報構造に明らかに影響を与えているとみられる場合が
ある。

(2) a. 誰がそのピザを食べましたか?
  b. 太郎が(そのピザを)食べました。
  c. #そのピザを太郎が食べました。
  d. そのピザは太郎が食べました。

(2a)のWH疑問文に対して、語順を変えずに(2b)のように答えるのは自然であるが、(2c)のようにかきまぜ規則で「そのピザを」を文頭に移動すると不自然な文になる。ところが、「そのピザ」にハを付加して主題化しても、文は不自然にならない。以上の観察より、(2a)/(2b~d)の談話において、WH疑問文の答えとして「太郎」が義務的焦点の解釈を受けるのに対して、背景(ground)(または旧情報)に属する「そのピザ」をかきまぜ規則で文頭に移動することが不適切であることが分る。
 本発表では、まず、かきまぜ規則の情報構造的意味が「焦点化」にあることを論じ、文頭の主題のハ句と完全な分業体制にあることを示す。さらに、Vallduvi (1992, 1995)らの提案する情報構造(Information Structure=IS)という表示のレベルを認めたうえで、英語やカタルーニャ語のような主語指向の言語とは違い、日本語のような主題指向の言語がVallduviの提案とは違った情報パッケージ(Information Packaging)のパターンを持つことを提案する。
この提案の利点は、文の構成素構造と情報構造の関係を言語横断的により透明に捉えることができるという点にある。



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