第109回 高嶋 由布子(2007) 知覚表現における感覚モダリティの身体性と主観化
―知覚動詞「見る」「聞く」の意味拡張と多義構造―<要旨>


  概念メタファー理論では「具体的・身体的な経験から、抽象的な概念を理解する」という主張がされてきた。しかし、その具体性や抽象性についての定義や境目、メタファー的拡張の動機づけ、すなわち構造の類似性や経験の共起などについては考察の余地がある。
 本発表では、ここでいう「具体」や「身体」、「抽象的概念」の連続性について考察する。知覚が主観と客観のあいだ、すなわち主観的概念操作と客観的な外界との身体的接触にまたがり、身体上の活動(目を動かすことなど)と概念操作(目の前のものがなんであるかわかること)が同時に起こっていることに着目し、知覚動詞「見る」「聞く」の意味拡張とその多義構造を中心に分析を行う。
(1) a. 太郎は絵を見ている /b. 太郎はその絵に母の面影を見た
c. 景気回復の兆しを見る
たとえば、(1a)では、第三者の視点で、太郎が絵の方に〈目を向けている〉ことを中心に意味するが、太郎が絵を〈視覚でとらえている〉であろうことも示唆する。このとき、太郎は、目の前のものが「絵である」という〈概念的判断〉をしているであろうということまで読み取れる。これらのことは、同時に起こっていると考えられる。(1b)のようなものになると、ヲ格の対象物は、実際に外界に存在する知覚的対象ではなく、太郎の心的表象になっている。このとき「見る」の意味もまた、主観的な〈概念的判断〉であるといえるが、実際は、ニ格の「その絵」を〈視覚で捉える〉こともしているとわかる。しかし(1c)では、〈視覚でとらえる〉ことに重きがまったくなくなっている。これらのグレーディエンスは経験の共起性と主観化から捉えられることを示していく。
 理論的な枠組みとして、まず、知覚にまつわる概念メタファーが、二つあること(Sweetser 1990)を用いる。すなわち具体的な身体運動から知覚へ(SEEING IS TOUCH)と、知覚から抽象的な概念操作へ(KNOWING IS SEEING)のメタファー写像があり、知覚が身体運動と概念の中間に位置すると読み取れる。この、身体的運動・操作―知覚―概念操作の三層構造に基づいて整理を進める。
 また、知覚動詞におけるメタファー的拡張が経験の共起性と隣接性に基づいていることを指摘し、Langacker(1993)の主観化が具体性の希薄化であることに着目し、感覚モダリティごとの意味拡張の動機づけについてさらなる考察を加える。このとき、経験の共起性と、隣接性を分けて考える。ここでは経験の共起性から具体性(ここでは各感覚モダリティ上の情報)が希薄していくものがメタファー的拡張が起こり、隣接性からメトニミー的拡張(面倒を見る、いうことを聞く、など)が起こっていることを構造的に示す。

[参考文献(抜粋)]
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