第92回 松岡みゆき(2004) 事態承認のあり方と終助詞ネ<要旨>

 終助詞ネは、同意要求(佐々木他(2002))や、共感的に話を進める(伊豆原(2001))際に付加される形式であるとされるが、これらの記述では(1)でネの付加が許されないことが説明できない。

 (1)X「お茶でも飲んでいこうか」 

   Y「今日は帰る{φ/#ね}」

また佐治(1991)は、ネを下接し得る形式の一つに動詞を挙げているが、(2)の例が示すように動詞文の中でもネの分布が見られる。そしてこれもネを、先に挙げたような話し手の発話態度の表示形式であると捉えていては説明がつかない。

 (2)僕は、あの時、一緒に皆と散歩{するね/*する/??したね/した}。

本研究は(1)(2)のような動詞文におけるネの分布が、ネを「談話場内承認」(談話場内情報から導いた承認)であると捉えることで統一的に説明できることを示す。(本研究では尾上(2001)に倣い、存在Aに関して、存在のあり方Bが成立することを「承認」と表現する。)例えば(1)は「今日は帰る」という承認を導いた情報は談話場に開かれておらず、この場合、ネの付加は不可能となる。それに対して次の(3)は、直前のXの発話によって談話場内に導入された情報から導かれた談話場内承認であり、ネが付加される。

 (3)X「ぼくかい、ここ泊りだ」

   Y「じゃ、すぐ行く{ね/φ}」

また(2)で「するね」が選ばれた場合、文は仮定世界の成立承認を表し、「した」が選ばれた場合は、現実世界で過去に生起した事態の承認を表す。過去に生起した事態は談話場外の情報であるためネは付かない。それに対して仮定世界は発話時に談話場に設定されるものであり、談話場内承認に当たると考えられる。ネの付加により、談話場内承認の一つである仮定世界の成立承認と解釈されるため、「するね」の文が成立する。この場合、ネが付加されないと現実世界の事態と解釈され、「する」と「あの時」が示すテンスの矛盾が起き、非文となる。

【引用文献】

伊豆原英子(2001)「「ね」と「よ」再再考」『愛知学院大学教養部紀要』49-1,35-52

尾上圭介(2001)『文法と意味1』くろしお出版

佐々木瑞枝他(2002)『自然に使える文末表現』アルク

佐治圭三(1991)『日本語の文法の研究』ひつじ書房



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