第94回 有薗智美(2004)身体部位(「手」「口」)を含む慣用表現の意味分類<要旨>

慣用表現は、構成要素の文字通りの意味(あるいはそれらの組み合わせ)と実際に表される慣用的意味が異なり、さらに文中において個別的で不規則な振舞いをするものとして、多くの研究者がその分類を試みてきた。それらは、統語的特徴に基づく分類(Katz and Postal 1963, Fraser 1970, 飛鳥 1982など)と、意味的特徴に基づく分類(Nunberg et. al. 1994, Gibbs 1994, 宮地 1982, 籾山 1997など)に、大きく分けられる。本研究では、日本語慣用表現の構成要素として多い、「手」、「口」を含む慣用表現に対し、それらの意味がメタファー、メトニミーといった認知過程を経て拡張しているという事を前提として、意味的な特徴に基づく体系的分類を行う。慣用表現の意味拡張に関わる認知過程には、通常の語の意味拡張と同様、メタファー、メトニミーが挙げられる。これらの認知過程に基づき、まず、対象となる表現を大きく二つに分類する。一つは句全体で意味拡張しているタイプで、Nunberg etal. (1994)に従ってこのタイプをidiomatic phrases (慣用句)とする。もう一つは構成部分の意味が単独で拡張しているタイプで、こちらをidiomatic combinations (慣用的連結)とする。更に、前者を(a) metaphorical idioms(b) metonymical idioms(c) metonymy-based metaphorical idiomsに、後者を(d) idioms with local metonymy(e) idioms with local metonymy and metaphorに下位分類する。

例えば、以下の例を見てみよう。

(1)   a. 母親が息子に手を上げた。

      b. 作品に手を入れた。

文字通りの手を上げるという行為は、拳を握る、腕を振り上げる等の行為と並んで、慣用的意味が表す殴るという行為と時間的近接関係にある。この際、文字通りの意味が表す行為なしには慣用的意味が表す行為は成立せず、従って(1a)の「手を上げる」という表現は、メトニミーによって句全体の意味が拡張したmetonymical idiomの例であるといえる。一方(1b)では、構成要素の「手」はTHE HAND FOR THE ACTIVITYによって、訂正などの<行為>を表している。また、「入れる」は、容器に内容物を入れるといった行為から、ある行為をある対象に対して行うといった行為へとメタファーに基づき解釈される。このような表現は、名詞句だけでなく動詞も意味拡張したidiom with local metonymy and metaphorのタイプに属すると言える。

以上のように本研究では、慣用的意味を動機付けるのがメタファー、メトニミー各々の働き、あるいは両者の組み合わせであるという事を示し、それらの意味的分類を提示する。また、国広(1997)では構成要素の結合度が通常より高いだけの「連語」として慣用句と区別されているような例も本研究では含み、構成部分からは慣用的意味を予測できない「成句」とは分類上区別した上で、両者を「慣用表現」として同時に扱っている。というのも、例えば「手をまわす」は句全体の拡張であるか、構成要素の拡張(THE HAND FOR THE POWER)を表しているのか断定し難いように、慣用表現の中には明確には区別できない例も含まれており、両者は連続的であると考えるからである。このような語レベルの意味拡張と句レベルの意味拡張を同時に扱う事で、より包括的な意味分類を行うことが可能となる。

【参考文献】

Gibbs, R. W. 1994. The Poetics of Mind. Cambridge: Cambridge University Press.

Fraser, B. 1970. Idioms within a transformational grammar. Foundations of Language 6:22-42.

Katz, J. J. and Postal, P. N. 1963. Semantic Interpretation of Idioms and Sentence Containing Them. MIT Research Laboratory of Electronics Quarterly

Progress Report 70. 275-282, Cambridge, Mass.

Nunberg, G., I. A. Sag, and T. Wasow. 1994. Idioms, LANGUAGE 70-3, 491-538.

飛鳥博臣. 1982. 「日本語動詞慣用句の階層性」,『月間言語10周年記念臨時増刊号』, 72-81;100.

国広哲弥. 1997. 『理想の国語辞典』, 東京:大修館書店

宮地裕編. 1982. 『慣用句の意味と用法』. 東京:明治書院

籾山洋介. 1997. 「慣用句の体系的分類―隠喩・換喩・提喩に基づく慣用的意味の成立を中心に−」『名古屋大学国語国文学』80: 29-43



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