第98回 鈴木智美(2005) 指示詞「そんな」に見られる感情・評価的意味−話者がとらえる事態の価値・意味と非予測性−<要旨>

1 考察の目的

(1) 指示詞「そんな」に見られる「感情・評価的意味」の実態を明らかにすること。

(2) 指示詞「そんな」の意味を、認知言語学における「スキーマ」とその「具体例」、 「ベース」と「プロファイル」の概念等を用いて記述し、さらに感情・評価的意味が生じるしくみについて考えること。

2 指示詞「こんな/そんな/あんな」に見られる感情・評価的意味

 指示詞「こんな/そんな/あんな」には、以下の例(3)(5)に見られるように、何らかの感情・評価的なニュアンスが強く観察される場合があることが従来より指摘されている。

(3) いい年をして、こんなことがまだわからないのですか。

  (→誰でもわきまえておくべき、簡単なこと、常識的なこと)

(4) A:「乗り換えを間違えないようにね。」

    B:「そんなことは、わかっているから大丈夫だよ。」

  (→わざわざ注意されなくてもわかっているような簡単なこと)

(5) あんな賞をいただけるなんて、考えてもいませんでした。身に余る光栄です。

  (→まさかもらえるとは思っていなかった賞)

 これらの「こんな/そんな/あんな」を、例えば「こういう/そういう/ああいう」 に置き換えてみると、叱責・非難したり、不満をもらしたり、意外なことに驚いたりする同一の文脈であっても、感情・評価的なニュアンスはさほど強く感じ取れなくなる。「こんな/そんな/あんな」も「こういう/そういう/ああいう」も、ともに名詞を修飾し、指し示された事物と同様の属性を持つ事物を表すとされる指示詞であるが、このような違いはいかにして生じるのだろうか。

3 先行研究の問題点―感情・評価的意味の観点から

 指示詞に関する先行研究は数多くあるが、主として「コ/ソ/ア」の使い分けに焦点を当てたものが多く、「こんな/そんな/あんな」に見られる感情・評価的な意味がいかなるものかという観点から見ると、その記述は十分であるとは言い切れない。

 また、感情・評価的な意味に言及したものについても、否定的・肯定的どちらの感情・評価的意味も見られるとするものと、否定的な意味合いのみを指摘するものとが見られ、その意味の実態は、まだ十分には明らかにされていない。

 また、そのような感情・評価的意味がいかに生じるのかについても、踏み込んだ考察はなされていない。

4 考察の対象とする範囲

 ここでは、考察の対象とする範囲をまず以下のように限定し、考察条件の統一化をはかる。

(6)「こんな/そんな/あんな」の中から、いわゆる「ソ」系の「そんな」を対象とする。

(7)「そんなN(名詞)」という名詞修飾の形をとるものを対象とする。「そんなだ/です」という述語の形、および「そんなに」という副詞相当表現は現段階では対象から除く。

(8) 文章や談話において話題となった事物を指し示す「文脈指示」の用法を対象とする。実際の現場にあるものを指し示す「現場指示」の用法は考察の対象から除く。 

5 指示詞「そんな」に見られる「感情・評価的意味」の実態―その特徴的な表現

 「そんなX」によって表される感情・評価的な意味とは、何らかの意味で「否定的」 な意味合いを持つものとなっている。また、そのような意味が観察されるのは、以下に示すように、「そんなX」における名詞「X」が「もの/こと/ふう」などの抽象度の高い名詞の場合であるという特徴が見られる。

(9) そんなものは{どうでもいい/役に立たない/無意味だ/虚像だ}。

(10) {人生/世の中/人間/運不運}とはそんなものだ。

(11) そんなことぐらい、言われなくてもわかっている。

(12) そんなことをしてもらって、身に余る光栄です。

(13) そんなことまでしてもらって、なんとお礼を言えばいいかわからない。

 また、「そんな私」という表現も、話者が自分自身について自嘲気味に語る文脈で用いられ、感情・評価的な意味が観察される特徴的な表現となっている。

(14) 体力はない。根性も愛想もない。そんな私にできる仕事などあるのだろうか。

 ただし、ここで“否定的”というのは、必ずしも客観的に価値が低いということを指すわけではない。「そんなX」によって示されるものが客観的にプラスの価値を持つものであったとしても、話者がそれを価値・意味のないこと、予期していなかったこと、不似合いなことなどとしてとらえている場合もある。

(15) そんな励ましの言葉も、今の私にはただ虚しく響くだけだ。

 これらの観察結果を大きくまとめると、「そんなX」に感情・評価的意味が観察される場合には、話者が事態を価値・意味がないととらえているか、あるいは予想外のものととらえているという二つの場合があることがわかる。

6 「そんなX」の意味の記述

 以上を踏まえ、ここでは「そんなX」の意味を以下のように記述することを試みる。

(16) 「そんなX」のスキーマ的意味:

 類似の性質・特徴を持つ事物のカテゴリーの中の一つの例を示す。ほかに類例が存在する。

(17)「そんなX」の詳細化された意味1:

 類似の性質・特徴を持つ事物の中の一つの例。ただし、そのカテゴリーの中には話者にとって相対的により価値の認められる事物が存在する。

(18)「そんなX」の具体化された意味2:

 類似の性質・特徴を持つ事物の中の一つの例。ただし、そのカテゴリーの中には話者にとって予測可能な他の事物が存在する。

 「そんなX」においては、上記のスキーマ的意味と詳細化された意味はいずれも認知的な際立ちが高く、「そんなX」には以上のような3つの多義的別義が観察されると考えられる。

7 否定的なニュアンスが生じる認知的な基盤

 「他に類例が存在する」という「そんなX」のスキーマ的な意味は、指し示される当該の事物が、なぜ、相対的に「価値・意味の低い」ものであるという意味として具体化するのだろうか。一方また、当該の事物が「予想外」のものとしてとらえられている場合には、なぜ、そこに否定的なニュアンスが生じるのだろうか。

 これらの意味の派生を支えるのは、我々の以下のような世界のとらえ方ではないか。

(19) 類例のあるものの価値は相対的に低い。他に似た例のある場合は、唯一性という観点から見て価値が低い。

(20) 我々は物事が予想通り、思った通りに進むことを望み、期待する。予想外のことは好ましくない。

8 今後の課題

 他の形式に観察される感情・評価的意味を観察し、(19)(20)を言語事実によって裏付けていくこと。

【参考文献】

池上嘉彦(1975)『意味論』大修館書店

岡部 寛(1994) 「『こんな』類と『こういう』類」『現代日本語研究』第1号 

大阪大学文学部日本学科現代日本語学講座 pp.57-74

岡部 寛(1995) 「コンナ類とコウイウ類―ものの属性を表す指示詞―」宮島達夫・

仁田義雄編『日本語類義表現の文法(下)』 くろしお出版 pp.638-644

木村英樹(1983) 「『こんな』と『この』の文脈照応について」『日本語学』第2巻第11号 pp.71-83

金水 敏・木村英樹・田窪行則(1989) 『指示詞』(寺村秀夫企画・編集 日本語文法セルフマスターシリーズ4) くろしお出版

正保 勇(1981) 「『コソア』の体系」『日本語の指示詞』(日本語教育指導参考書8) 国立国語研究所 pp.51-122

寺村秀夫(1984) 『日本語のシンタクスと意味』第II巻 くろしお出版

徳川宗賢・宮島達夫編(2001) 『類義語辞典』(33版) 東京堂出版

森田良行(1989) 『基礎日本語辞典』 角川書店

Langacker, Ronald W. 1987. Foundation of Cognitive Grammar. Vol.1,Theoretical Prerequisites. Stanford: Stanford UniversityPress.



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