第99回 李澤熊(2005) 疑問詞「どこ」について<要旨>

本発表では疑問詞「どこ」と「どこ」を含む複合表現(主に現代語)を考察対象とし、それぞれの意味を明らかにする。まず、「どこ」を多義語とし、3つの多義的別義を認め、次のように記述する。

(1)<主体にとって><問題となる対象の物理的空間としての場所・箇所が><不明・不定である>(「今山田さんはどこ?」など)。

(2)<主体にとって><問題となる対象の抽象的空間としての場所(部分・面)が><不明・不定である>(「私のどこが好き?」など)。

(3)<主体にとって><問題となる対象を特定するのに重要な手がかりとなるもの(典型的には名前)が><不明・不定である>(あの人はどこの国の人?」など)。

 また、これらの多義的別義間の関係は比喩の観点から考察する。(2)の意味は(1)の意味から隠喩(メタファー)によって成り立っており、(3)の意味は(1)の意味から換喩(メトニミー)によって成り立っていると考えられる。

 次に「どこ」を含む複合表現(7語)の「分析可能性」について考察する。本稿で考察する7つの複合表現は程度の差はあるものの、「分析可能性」が高いものと見られる。「どこもかしこも、どこからともなく、どこどこ、どこそこ」は多義的別義(1)が、「どこまでも、どこか、どことなく」は多義的別義(2)がかかわっていると考えられる。

 最後に、類義関係にある「どことなく」と「どこか」を取りあげ、両語の意味の違いを明らかにする。

 両語はともに「ある事柄からいだく何らかの感情や感覚に対して、どのような部分(面)でそのような感情や感覚をいだいたか分からない」ことを表す場合に用いられる。ただし、「どことなく」は「これといって特定できるものが見つからないまま、ただその場面全体からそのような感情や感覚をいだいた」というように、「感情や感覚をいだいたきっかけとなる部分が漠然としている」場合に用いられると考えられる。それに対して、「どこか」は「いだいた感情や感覚というのは、確信度の高い、疑問に近いものであり、またそう感じるようになった直接的なきっかけとなる部分(面)があるはずだが、示せない」という場合に用いられると考えられる。

【参考文献】

李澤熊(2003)「副詞の類義語分析−どことなく、何となく、それとなく−」『日本語教育』116pp.69-78日本語教育学会

尾上兼英(1992)『成語林 故事ことわざ慣用句』旺文社

金水敏(1989)「報告についての覚書」仁田義雄・益岡隆志編『日本語のモダリティ』pp.121-129くろしお出版 

金田一京助・山田忠雄・柴田武・酒井憲二・倉持保男・山田明雄編(2000)『新明解国語辞典』(第5版)三省堂

国広哲弥(1982)『意味論の方法』大修館書店

尚学図書(1988)『国語大辞典(新装版)』小学館

辻幸夫(2002)『認知言語学 キーワード事典』研究社

飛田良文・浅田秀子(1994)『現代副詞用法辞典』東京堂出版

松村明(編)(1995)『大辞林』三省堂

籾山洋介(2002)『認知意味論のしくみ』(シリーズ・日本語のしくみを探る)研究社出版

籾山洋介・深田智(2003)「第3章 意味の拡張」松本曜編『認知意味論』(シリーズ認知言語学入門第3巻)pp.73-134大修館書店

Langacker, R. W. (1987) Foundations of Cognitive Grammar Vol.1, Stanford: Stanford University Press.



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